昭和54年07月14日 朝の御理解
御理解 第45節
「世に、三宝様踏むな、三宝様踏むと目がつぶれるというが、三宝様は実るほどかがむ。人間は、身代ができたり、先生といわれるようになると、頭を下げることを忘れる。神信心して身に徳がつくほど、かがんで通れ。とかく、出るくぎは打たれる。よく頭を打つというが、天で頭を打つのが一番恐ろしい。天は高いから頭を打つことはあるまいと思おうけれど、大声で叱ったり手を振りあげたりすることはないが、油断をすな。慢心が出ると、おかげを取りはずすぞ。」
どんなに慢心をしておらんように思うておっても、どこかの端から慢心が頭をもたげて くる。またはあまりに勢いに勢いに乗って、まぁ相撲でいう勇み足的な失敗と言った様な事もございます。本当におかげを頂いていけばいく程、いうならば頭を下げる事を忘れたはならない、というてどういう難儀な中にあっても、それで意気消沈する事もへこたれる事もいらないまたあってはならない。いわゆる四十五節と思うたらよい。今日は四十五節と言う事は、いつもがいつ教祖様のお言葉の中に「今中」という言葉がある。
どういう時だどういうおかげの時、どういう調子のよい時であっても、まぁだ今中だというかどんなに、普通でいうなら意気消沈せなかればならない、自分の様な不幸せな者があるだろうかと思う様な時であっても、自分が不幸せな者と思う様な事であってはならない。神様がこうして力をいよいよつけて下さるんだと、言う様な心に生き生きした瑞々しい心で、まだ今が真ん中だと言う様な心掛けでおれと教祖様は教えておられます。
昨日夜遅くここへ出て参りましたら、マル少の幹部の人達が会議をやっておったらしい。昨日十三日会の時に、まぁいろいろマル少の行事がございますので、あれは何の為に高橋さんが立って、あのうマル少のいろいろな何ですかね、援助金とかまぁなんかそんなのがあるでしょう。マル少のなんか皆さんがお金を出しなさらならん。それに年に二千円ですかねそれが納まっていない。それでとにかく取り敢えず十万円位の金が要るから、皆さんにカンパをお願いしますと言った様なあのう話。
「まるっきり十三日会の今日んごたる日に、なんばあげなこつばいいよるの」ち、私は秋永先生にちょうど横に居りましたから言うたら、「いいえそれがそのこの頃納まっとらんお金がみんな」それで足らんからやっぱりもうマル少が活動の時期に入っとるから、高橋さんにお願いして、高橋さんが何かマル少のよかつばしとんなさりますでしょう。それで立ってからいいよんなさったっですたいと。
私はあげなこつがあんまり好かんですから、どうしてあげなこつばいいよるとじゃろうかと思いよったところが、昨日遅く出てまいりましたところが、そしたらマル少の幹部の四、五人が出てまいりまして、今日は大変おかげを頂いて、おかげで皆さんその十何万か集まったち昨日。さすがに合楽じゃなぁおかげ頂いたのうそれで親先生、知らんごたる人ばっかりがお供えして下さったち、合楽のあの人は出してくれるじゃろうち、あの人は違わん出しよると思う人はつうつう行くげなもん。
そして見た事もない知らんごたる人達からばっかり頂きました、と言う様なお届けが昨日あった訳です。だから本当に合楽ちゅうところは有り難いところじゃなあ、やっぱ昨日じゃなからにゃいかじゃったなぁ、朝のご祈念の時どん言うたっちゃ、いちょん効かんじゃったつばってんね。済んでからすぐ日田の竹野さんが見えておられた。親子で見えておられた。今度あちらの礼拝堂の出けれる、そこの部屋とお神様の御用、模様だけは竹野さんに一任する。やはり竹中組でも自信がないように言うてから。
そこの一部屋全部が桧作りになりますので、どっか吉井か千足あたりの材木屋さんに、古賀さんがあのう材木新聞の久留米支局長をしとられますから、大変懇意ですから、そこにいいのがあるから一本見つけてあった。なかなか立派なもんだからこれをなら買う事に大体決めてあった。それでそこに買うようにしとりますから、とにかく見て下さいというので、竹野さんにいうてあったから、昨日親子でその製材所に寄られた。そして見て帰られてここで話されるのに、もうああいう桧は珍しいち。ほら立派なものです。
そしてもうあれならば合天井に使えるまで充分にある。お社だけじゃあなくて全部桧で組んで出来るからというお話であった。ちょうどそういうお話をしておる時に、古賀さんから電話が掛かった。秋永先生宛に電話がかかって来て、今製材所から電話が掛って来た。それを百二十万で契約してあった。所が四国から百七十万で買いに来とるからと、あぁ商売人は汚なかね。そりゃ私自身が商売しとる時もう買う事に決まっとった、手付も取っとらんから値段上げたっちゃ、こちらもそげん所を通っとるから分かる訳です。
まぁ今こそ信心させて頂いとるからね、そんな汚い心も起こらんけれども、本当に過去に於て私もそうであったなぁと。まぁそれでもまぁ百五十万位までならまくると言う様な丁度その所に電話が掛かって来た。それでもそれがたあればそれは買ってもよいけれどもそう言う事をいうて、そりゃ古賀さんの顔も立たんじゃないの。古賀さんの顔もそれもこそ、もうその大工まで見て来てこれでよいと言う事になってから、今更四国から買いに来とるから、いわば五十万も一本の木から高うなるという。
そんな理不尽なそりこそ少しばかりたたいて、負けち貰わじゃこてとそんな考えが。恐らく古賀さんが行って、そんな話をするだろうと、こう私は思うておったんです。ところがです私はそのう建築、あのう私共と幹部の方達と、その竹野さん親子とお話をして、いよいよ肝心なお宮のところの話になっておる、その時でしたよ。あのう地震がありましたです横揺れに。もう本当に私は感動してから、あのうその場でお礼申し上げたんですけれども。
ここの建築が出来る時いよいよ肝心なお話を椛目で、私と正義先生と二人でする時そのうあのう地震があったんです。これは天地が感動してござる証拠だと。もう本当に合楽の場合は本当に恐ろしい程しに、天地がバックと言う事が言葉だけじゃあない、もう天地がねあぁいう感動まで見せて、いうならばあのうこの事の働きが、こんな神様の御神意のまにまに進んでおるのぞ、というものを感ぜずにはおられなかった。
そして今言う様なお話の中にございました訳でしたが、私は今朝方からもう本当に何というでしょうか、まぁだ今にまざまざとそれが残っておりのですけれども。そう言う様な事をいうですけれども、お夢を頂いた。というのは何かあのう、小さな子供が言う事をきかんで悪い事をしたか何かというので、私はまだ人を叩いた事はないけれども、夢ん中で私がベンプをこうはじきよるです。そして「そう言う事は何でしたか」というてしよると、その子供がもう切なさそうにしてから、言い訳も出来ずにしとる。
それで私がまた腹かいてから子供を抱えてから、ぽぉんとこうその投げた所を頂いた。ところが投げた所にまぁその泣きもきらずにそこに居る子供が、その子供ここのその私の孫である恵城であった。そして目が覚めた。もうそれこそもう目の中に入れても痛くないように、可愛いゆうてたまらないその孫が、もう叩かれたり投げられたりして、もう切なさそうな顔を見たらもう目が覚めたばってん、胸がどきどきどきどきしてからね、本当にまぁ可哀想な事をしたというておる。
で私がその叩いておる後にゃ、私の父がぼんやり姿を見せて「そんなにいわんでもよかろうものに」という声が聞こえたんです。それを思うてみてですね。本当に今日は皆さんにここの四十五節のところで一番大事なところは、結局三宝様踏むなと言う事だと思うんです。いよいよ大切なものを踏んづけるなと言う事。本当にそう言う事なんかは、起きてくる事柄総ての事を有難いと受けてゆく行き方でいきよれば、そんな三宝様踏むと言う様な目が潰れると言った様な事はない。
またおかげを頂いて、これだけのおかげを頂いておるのですから、頭を上げようにも上げようのない程しに、地を低うしておる積りでおりますけれども、それこそ先生といわれ言うならば旦那様と言われる様になると、なら頭が高うなるというがです、結局私の心の中にまぁだ商売人時代の根性というものがどこかに残っておる。自分がお金を払う訳でもない、神様が払いなさらにゃならんのに。
私は昨日のね古賀さんが契約しとられたという、勿論手付は打ってないけれども。そのう百二十万で契約しとったけれども、向こうが百七十万というならもう百七十万でもよいと、もう私は今日は腹が決まりました。いうならば叩くと言う事は、いうならば商売人の言葉でいうと値切ると言う事なんです。投げると言う事は水にすると言う事です。「負なさい」と「いやもうぎりぎり」「それじゃどんこんもう出来ませんち」「そげなこついわんで負けんの。
負けんならもういらんばい」ちぽぉんとこうよそで買うと言った様な投げるという。私はその事を思うた叩くと投げるとはそう言う事だった。それを目が覚めたら、それこそ自分の心の中にもう生々しゅうその叩いたり、その投げたりした事が、もうどうにもこうにも出来ないような私の事であったし、うしろで父がぼんやりとそうまでいわんでもというのは、あれは天地の親神様であったろうとこう思うのです。親は親神様に通じる。
神様が例えばなら言いやしません。ただ商売人ちゃ汚なかのうとは申しました けれども値切らんのとそんな事は言うとらんけれども、心の中じゃ古賀さんが違わんごと、そげなこつじゃ私が顔が立たんじゃんのとね。せめて歩み寄りで具合よかところまでしてもらわにゃ、と言う様に叩くだろうと心の中で思うとる訳です。もうその心がいうなら三宝様踏んづける事になっておったなと、今朝私は改めて思うた油断しちゃならん。もう私はだから私は非常に値切るとが名人なんです。
もういろんなですね、あのうなんちゅうですか、あのう窯元などに行ってから、あのういろんなもんを買う時にね、そりゃもう私はむごうまけにゃんごつ、むごやる訳ですもんね。そりゃやっぱし商売人ですからそげん所が出て来る訳です。それが面白いんです値切るとそれが本当ん時、こちらの思う所にすぱっと負けてくる。そこ辺の駆引と言うものは何ともいえん、それこそ何十年その駆け引きの稽古をしてきておるもんですから、今でもそれが時々出てくる訳です。
時々皆さんもそげな駆け引きに乗りよんなさる時があるかも知れません。駆け引きはいかん。叩く事はいかん。投げる事はいかん。もう金輪際このお夢を頂いた限り、もの買う時に値切ったりこぎったりせんぞと、私は今日思いました。そこにどういう御神意があるやら分からんのです。それこそ相手が出血する程しの、値切り方とか叩き方というのはいけない。神様の気感に叶わん。今朝からそのお夢を頂いてですね。
今も聞いて頂きますように、それこそ神様がね、いよいよ大事な所のお話になったら、天地を揺り動かすようにして、神様の感動の姿を見せて下さる程しのおかげ。ここでさぁ何かというと、神乍にいろんなそのわざわざ今日でなくても良かったろうにと思うたけれど、十三日会の中で高橋さんがあぁいれたら。ここのまぁ日参り夜参りなさっておられる方達は。もう恐らくなら納めておられるからでもありましょうけれども、思いもかけない人達がの、そのカンパに応じて下さって、十何万と。
どうでも十万は作らんならんというておった、まぁそれ以上のおかげ頂いたという、昨日そのお礼を聞かせてもろうてです、そういう働きが八重十文字といおうかね、あらゆる角度からそういう働きを受けておる芯になる私がです、例えば五十万か四十万か高く安うと言う様な事で、そういう心を使わなくても。そんな叩きよらんけれども叩くと同じ様な、投げてはおらんけれども投げておる様な、そして向こうが言う事を聞かん時にゃ私は他から探しゃよかたいと言った様なものが心の中にあった訳です。
既に投げるとか叩くと言う事を心に思うとったのが、今朝のそのまぁそれこそ何と言うでしょうかね、もう可愛ゆうして可愛ゆうしてたまらんとが、もう叩かれたという、そのうもうそれがもうとにかく心に残っておる様に感じるのです。そしてそのうあのうもう泣きも切んで、こうしとる顔が頭の中にいつまでも残ってですね、どうにもならん、神様の目から御覧になれば、だぁれ一切が言うならば、昨日の御理解じゃないけれども、まなこ孫ありいとし子なのだ。
神様の目から御覧になれば、自分の孫が可愛いと同んなじ様な心持ちで人を見る、他人を見るという生き方になったら、はぁこりゃちった高いいよるばってん、そげんもうよかよかと言った様な、まぁ却って声らしい位な心持ちが開けて来る様なおかげを頂きたい。私はあわやいわば三宝様を踏もうとしていた事に、今朝のお夢で気付かせて頂いて、今日の御理解を頂きました。
どうぞ。